スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

永遠の反抗期 


┏━━━━━━━━━━━┓
┃   長文注意    ┃
┠───────────┨
┃           ┃


このくそ暑いのに、ひざにネコが乗ってきます。
ちいです。
ごまも私の周りをウロウロしています。

そう、私は今、弱っているのです。
今まさに食べられようと…ノンノン、違うあるネ。

どういうわけかネコは、
精神的に弱っている人間の側に来ると思いませんか?
(突然同意を求めたくなった)

ここ数週間のストレスフルな毎日、
原因は実母との摩擦です。


元々母と私は、親子なのにまったく気が合いません。

アウトドア志向で活動的な母と、
インドア志向で引きこもりな私。

ヤンキー系の明るい芸能人が好きな母と、
芸能人にはあまり興味がない私。

活字が嫌いな母と、
図書館で半日過ごせる私。(住めるかも)

味付けは濃いめが好みの母、
薄味が好みの私。

泳ぎの得意な母(カッパ並)と、
市民プールで溺れかけたことのある私。
…これは関係ないか。

さらに日常の小さな事が重なって。
たとえば、

梅干しを漬ける手伝いをしてもらっているとき。

ああするといい、こうするといいなどと、
アドバイスをしてくれていたのですが…

「お母さん、梅干し漬けたことあったっけ?」と聞いたら、
「1度だけあるよ」とのお答え。

「へえ…うまく漬かったの?」
「腐らせちゃった」
「!!!」

…何じゃそりゃ。
他にも、

母「残った天ぷらはみそ汁に入れるといいの」
私「やめとくわ」

母「もっと砂糖入れなきゃ、しょうゆ入れなきゃ」
私「イヤです」

母「大抵の残り物は卵とじにすればいいのよ」
私「卵は高カロリーだから…」

ありがちな意見の相違ではなく、
「知らないだろうから教えてあげている」
と思われているところがポイントです。
これは、自分でつくったことのない料理にまで及びます。

今までで一番ズッコケたのは、
ボウルを4〜5個ずらっと並べて、
「料理の前にこうしておくと便利なの」
と言われたことです。
何がどう便利なのでしょうか。
母がボウルを並べて料理している図、見たことないですが。

親を立てようと思うも、ついにぶち切れて
「お母さん、私より主婦歴短かったし、
 料理もたいして上手くなかったでしょうがー!」
と咆吼する羽目に。

要するに、どうしても娘に上からモノを言いたいらしい。

このあたりのエピソードはまだ可愛げがありますが、
シャレにならなくなってきた時点で紛争勃発!


で、母家出。
何度目だよっ!
(10年前に同居していた時と合わせて5回目くらいかな)

高齢という弱味を最大限に利用した卑怯なマネを!

と思ったけど、私の2倍食べ、
3倍活動する人なので心配無用かも。


強すぎる母性ゆえか、はたまた自己愛の延長か、
子供を追いつめてしまう母親は多いと思います。

凶悪な少年犯罪が起こるたびに、
育成歴、特に母親の存在がクローズアップされるのを苦々しく思い、
何でもかんでも母親のせいにしたがるこんな世の中じゃ(ぽいずん)、
リスクが大きすぎて子供なんか産めないだろ!
と腹立たしく思う私なのですが、一方で、
犯人の気持ちはわからなくもない、と思ったりします。

未熟なまま親になった人間、
子供を所有物として扱う人間が、
不運や病気や高齢を理由に、
子供の人生を侵略しコントロールしようとする様は、
まるで『我が子を喰らうサトゥルヌス』。

サトゥルヌスの元に生まれてきた子供たちは、
喰われてはたまらないので、声を上げ、策を練り、
自分の人生の主役を勝ち取り続けなくてはならないのです。

子供にとってさらに不幸なのは、
現代のサトゥルヌス的な親たちが、
いつまでも若く、老人にならないこと。

子供側にも問題はあるのでしょうが。
私の場合は、

理想像と言うほどではありませんが、
母親というものはいつでも、
自分のことより子供のことを第一に考えていてほしい、
立派であってほしい、きちんとしていてほしいという、
勝手な子供心が未だに捨てきれずにいます。
「パンダは可愛くあってほしいだろう。
 きちんと座れ!(by吉田戦車)」みたいな。

そんなものは思春期あたりでぶっ潰すか、
自然に消滅していくものだと思うのですが、
私は多分いろいろ失敗したのでしょう。


何やら重たい話になってきたので、
自分の状況をドラクエ的に言うと、

「母親のこうげき」
じゅもん →『もう歳だから』をとなえた

「たまのこうげき」
にげる → 逃げられない!

「母親のこうげき」
どうぐ →『親の権威』をふりかざした!

「たまのこうげき」
じゅもん →『老いては子に従え』をとなえた
しかし、母親は聞く耳をもたないので効かない!

の繰り返しでこちらのMPがほぼ0になったところ、
母は「にげだした!」というところでしょうか。


結局、解決することのないまま、
ケンカ別れを繰り返してきた母と私。

先日の家出の後に話を戻しますと、
一旦帰ってきたものの話がこじれて再家出。(記録更新)
数日経っても帰ってくる気配がないので、
母の滞在先に荷物を送ることにしました。

主のいない部屋は、がらんとして淋しく感じます。

母の使っていた鏡台に、ニャアが座っていました。
ここ数日、夜はいつもここにいるようです。
母も弱っているのでしょうか。

「親孝行、したいときには親はなし」
そうなったら、後悔しないでいられる自信はありません。
するに決まっています。
妙な罪悪感がつきまといます。

でも、気づいてくれる時を待つことにします。


テレビなどでよく「14歳は大人か、子供か」
と論議されることがありますが、
「70歳は老人か否か」もぜひ論じてほしいところです。

関連記事
スポンサーサイト

Comments

>まるで『我が子を喰らうサトゥルヌス』。

ネコが子猫を食べるのは、1,2匹と少数生まれたときに起きやすいそうです。
出産後、胎盤や臍の緒をネコは食べて始末しますが、本来は数匹生まれ、次から次へ処置するように母ネコはプログラミングされているので、一匹だと臍の緒を食べる行動が時に止まらなくなり、お腹まで食べてしまう現象が起こるのだとか。
その衝動が抑えられても、なめてきれいにする行動数匹分が一匹に集中して、生まれたばかりの子供が舐め続けられ、疲労死してしまうことがあるそうな。
人間でも、本来は子をはぐくむようにプログラムされている本能・感情が、条件によっては有害な結果を招くということは、特に現代社会ではままある事と思います。

身近な人と永遠に混じり合わない線を引き続けるのって、すごーーーーいストレスを感じるよね(+_+)。MPがなくなるまで呪文を唱えても「ひらりとかわされた」り跳ね返されたり。
段々攻撃が激化していって、相手を追いつめちゃったりすると、なんか自分が弱いもの虐めしてる悪者に思えてきて自己嫌悪の深い淵に・・・。
はぁ・・・・・。
同じく、猫に癒されているsakur@です。

スーリン
生き物に備わっている能力って、結構大ざっぱだったりしますね。
猫の話は、人間にも大いに当てはまると思います。

守らなくちゃ、という心理状態あるいは本能が行きすぎると「子を食べる」ことにつながるというのは、感覚的に理解できます。
人間も動物という観点から言うと、子供の数が一人や二人というのは少なすぎるのかもしれません。

sakur@さん
「いつか分かり合える」なんて思ってるから余計にストレス溜まってるのかもです。
歳を取ったらそうそう変わらない、とも言うし。
でも、希望を捨てたら終わりという気もしていて、疲れるの覚悟で戦い続けております。
歳を取っても弱者ではない相手に、自己嫌悪に陥る必要はないと思っています、私の場合。

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackback URL
http://tamaslife.blog42.fc2.com/tb.php/116-f1ea0960

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。